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イブ誕生 2003年11月27日(水) [出産]

帝王切開をすることに決まってからは
バタバタと慌しく 準備が始まりました

・血液検査(麻酔反応テスト)
・心電図
・レントゲン
・毛の処理
・尿管にカテーテル挿入
・手術同意書にサイン&捺印

促進剤を外してからは
陣痛の間隔がかなり長くなってきていたのですが
やっぱり 4~5分間隔で来るので
その合間に 「はい 今!!!」って感じで
全てやりました

私が 痛みでもだえて 病院着が乱れていたので
男性の検査技師さんたちは分娩室に入ると
チョット戸惑った顔をしていましたが
そんなのもうどうだっていい・・・
羞恥心は完全になくなっていました
慌てて 助産婦が服を調えてくれたんですけどね・・・

23:30
全て準備が整い
真っ裸になって 分娩台から ストレッチャーへ移動
いつ陣痛がくるかも分からないし
急いで 移動しようとするものの
バランスを崩して ヨロヨロ・・・
女医に「私に摑まって!!!」と力強い言葉で言われましたが
摑まった肩は 折れそうに細かったです

ガラガラと移動するストレッチャー
真夜中のシーンと静まり返っている病院
エレベーターに乗る直前
母と夫が「頑張ってね」と言った

エレベーターは上がってるのか下がってるのか?
手術室ってどこ???
手術室の手前の部屋に着いた模様
シーツを看護士が持ち
「1.2.3」と手術台に乗せられ
「わードラマみたい・・・」と思った

麻酔科の先生が
「麻酔をしたら 陣痛の痛みも消えるからね」と言って
消毒をした
ギャーしみる~痛い~
「あれ?アルコールアレルギー???」
「へ?いえ・・・あぁ 陣痛で腰を押さえすぎたんです」 
腰を見てみるを 真っ赤になって すりむけていた

「これは だんなさん よっぽど頑張って押したばいね」
「ハハハ・・・」

「痛いよ」と言われた気がするけど
注射の痛みは全く感じなかった

それから また隣の部屋へ移動して
あの よく見る 天井にライトがある
手術室へ到着
血圧計をつけられ
両手を縛られ
前に見えないよう 布を立てられた

麻酔科の先生が
「これから 棒で触ってみるからねー
ここ 分かる?」と3箇所くらい確認されたけど
全く何も感じなかった

いよいよ手術
私の左側には麻酔科の先生
右側には 手術室の看護士が立っていた

鼻にはチューブが入れられたけど(酸素?)
途中から とても息苦しくなってきて
パニックになりそうで 恐かった
「何か 息苦しいんですけど」
「胸まで 麻酔がかかってるからね
息がしにくいんだよ 鼻でゆっくり呼吸して」
と言って 鼻のチューブを少し緩めてくれた

手術が始まったら すぐ生まれるものだと思っていたけど
長い・・・・・
まだ?まだ?早く~
息苦しい でも
「産声を聞くまでは絶対死ねない パニックも起こすもんか!!!」と
思ってました
そして ごく妊娠初期薬を飲んでいたことと
漢方薬を妊娠中飲んでいたので 少しの不安が残っていて
「どんな子でも受け入れよう 大丈夫」
と最後にもう一度自分に渇を入れました

そうすると
ほにゃぁあ ほにゃぁあと赤ちゃんの泣き声が・・・

2003年11月27日(水)0:06 2632g イブ誕生
(40週0日 予定日当日)

「聞こえる?」と
私の右横に立っていた看護士が言った
「はい 聞こえます」
「あれ?小さいわね・・・あぁ 妊娠中毒症ね」
と女医の声
ん?小さい?大丈夫なのかな?←私の心

赤ちゃんは 小児科の先生から
助産婦へと渡された
「yukiさん パパそっくり!!!」
助産婦の笑顔がマスクの上からでも分かった
「へ?じゃぁ ぶちゃいくかも・・・お 女の子ですよね?」
「女の子ですよー」
なんて 変な会話をして
(担当医が最後まではっきりとは性別を言わなかったので)
やっとメガネをかけてもらい
イブが連れてこられました

「さっきまで お目目が開いてたんだけど
今つぶっちゃったねー」
「かわいいかも・・・」
想像してたよりずっとかわいくて うれしかったです

赤ちゃんが生まれたら 泣くかな???と妊娠中想像してたのですが
実際はそんな余裕は全くなかったですね・・・

そして あっと言う間に連れて行かれちゃいました

それから 今度は お腹を閉じなくてはいけません
赤ちゃんの産声を聞いて安心したのか
ガタガタと震えてきて
麻酔の効いてない 両腕の強い震えが止まりません
「あの 震えが止まらないんですけど」
看護士が
「麻酔の影響ですよ 前も同じ症状の方いらっしゃいましたから
大丈夫ですよ」と言った
本当に?私大丈夫?
麻酔科の先生が
「これがホントの武者震いだね」と言った

赤ちゃんを取り出してからの手術室の雰囲気は
とても和やかなものでした

先生と看護士たちは
最近手術した 100kgを超える患者さんの話で
盛り上がり中・・・
「普通のストレッチャーに乗れたの?」とか
「私 担当したかった」とか・・・

あの・・・大丈夫ですか・・・私・・・

赤ちゃんを取り出した後もとても時間が長く感じました
そして 今まで先生たちの様子は全く分からなかったのですが
なにやら ゴシゴシと体を拭いている感じがした
血を拭いてるのかな~?なんて考えていた

そして 手術が終わり
扉が開くと
時間交代した別の助産婦が待機してて
また別のストレッチャーに乗せられ
ガラガラと産婦人科病棟へと移動した

エレベーターを降りるとすぐ母と夫が駆け寄ってきて
母は「赤ちゃん見たよ パパそっくりやったね」と言い
夫は私の手を強く握り
「よく頑張ったね」と何回も言った
「赤ちゃん見た?パパそっくりって言われたよ」
「そんなことない!!! yukiに似てたよ!!!」と
なぜか不満顔
あれ?うれしくないのかな・・・
少し話したら 震えが少しずつ止まってきた

時計を見ると1:00
看護婦が
「そろそろお帰りになってくださーーーい」と
2回も言いに来た

明日また来るからね
と 夫と母は帰りました

それから 朝まで 何時間かおきに
看護婦が来て 体調に変化がないか
チェックした
私はうとうとしただけで
疲れているはずなのに
妙に神経が高ぶっていて ほとんど眠れなかった

8:00
「yukiさーーーん 赤ちゃんですよーーー」と
また別の助産婦がイブを抱えてきた

じっくり見るのは これが初めて・・・
でも 無表情で 人形みたい・・・
線のように細い目で 私をチロリンと見た
でも 反応も全くなかったので
「これって起きてるんですか?」と聞くと
「起きてますよ!!!目 開いてるじゃないですか!!!」と驚いた顔で言われました
そっか・・・これ 起きてるんだ・・・

それから 助産婦は別仕事で呼ばれたため
「赤ちゃんをしばらく見ていてね」とイブを置いて行った

本当にこんな大きいものが私のお腹に入ってたんだろうか?
本当にちゃーーーんと人間が入ってたんだわ・・・
としみじみ思った
そして 抱きしめて
「どんなことがあっても ママが守るからね」と何度も言いました

そして朝の忙しい時間に申し訳なかったのですが
まだ写真を撮ってなかったので
様子を見に来た看護士に写真を撮ってもらいました

それが 私とイブの初ツーショット写真です

12:00
夫と母が面会に来た
助産婦に夫がもうすぐ名古屋に戻らなければならないことを伝え
抱っこさせてもらえるよう頼んだ

夫は今日抱っこできるとは夢にも思ってなかったらしく
ぎこちない手つきで抱っこして
「半端じゃなくかわいい!!!半端じゃなくかわいい!!!」を連発し
こっちが引いてしまうほどでしたが
妊娠してからお産まであまり興味を持ってくれなかった夫でしたが
この姿を見て全てのことを許せてしまいました


**********************************************************

11月27日は帝王切開が3件あって
助産婦たちも「27日は手術が多かったよねーーー」何て話してました
陣痛室で一緒だった女の子の双子ちゃん
ママが糖尿病で大きくなりすぎた4kgを超える男の子が同じ誕生日となりました

お産前の入院患者の方に助産婦がお産について立ち話をしていて
「さんざん陣痛で苦しんだ後 帝王切開になった人が一番最悪なパターンね」
と言う言葉が聞こえた時少しショックでしたが
無事 母子ともに命があっただけでも 有難いと思いました

そして
「yukiさんはパニック症やったけん もう大騒ぎになってどうなることかと心配しとったけど
経産婦さん並みに落ち着いとって 誰よりも冷静やったけんビックリした」と言われました

何だか パニック症=大暴れ って偏りのある発想にかなり傷つきましたが
これも 終わったことだし もういいです

でも もう少し 言葉を選んで欲しいな~と思いました
たくさんの患者さんをお世話しているのだから
大変だとは思いますけどね・・・

でも 本当に本当に感謝しているんです
病院の全ての方 本当にありがとうございました
感謝の気持ちは今でも忘れていません

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<妊娠中毒症について>

私はお産前は「妊娠中毒症の疑い」だったのですが
やはり「妊娠中毒症」だったようです
出産直後 血圧が170/110くらいになって
血圧が下がるまで 退院はできないと言われました

降圧剤を飲むか内科の先生と相談しましたが
薬を飲むか飲まないですむかの境界線だったらしく
母乳がとてもよく出ていたので
薬はまだ飲まず経過観察にしてもらいました
(薬を飲むことになると 母乳は止めなくてはいけなかったので・・・)

担当医師の説明通り
産後2週間後から血圧が下がってきて
三週間後140/90になったところで
退院許可が出て
無事 イブと退院しました

*********************************************************

妊娠 お産は 人それぞれで
どうなるか 予測できない不思議で 神秘的なものですよね

この世に私のお腹から命が誕生したと考えると
今でも 信じられない気持ちになります

イブちゃん 生まれてきてくれて本当にありがとう
愛してるよ

これが ほぼ全ての私の出産体験記です
最後まで 読んでくださった方本当にありがとうございました

おわり


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陣痛2日目 2003年11月26日(火) [出産]

私は お産に対する不安が2つありました
・PD発作が起こって パニックになってしまうのではないか・・・
・高血圧だったので血圧が上昇して 命に関わるのではないか・・・

私は とにかく パニックにならないように
息を鼻から吸ったら 出来るだけ長く
息を吐ききるように心がけようと
臨月に入ってからはずっと自分に言い聞かせてました
(パニック症の薬は妊娠発覚と同時に止めています)

今回は とても長い文章になっています
よろしければ どうぞ

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2003年11月26日(火)

23:00
陣痛室へ移動した私・・・
(実は 漫画なんて 持って入ったけど
そんなの 開く余裕は全くなかったわ・・・(笑))

大体4~7分間隔で不規則に来る陣痛
痛み 不安 精神的興奮で
全く眠れない

痛みが段々強くなってくるので
どうにかならないものかと陣痛逃しグッズとして
「テニスボール」を持って来てたことを思い出し
試してみることにした
陣痛が来ると 腰にあて ギューっと押すと
少し 痛みが和らいだ気がした

2:00
看護士が様子を見に来る
「CDでもかけましょうか?」
と私が持ってきていた ヒーリング音楽(イマージュ)を流してくれた

「何かあったら ナースコール押してくださいね」と行ってしまった
置いていかないで~←心の叫び

少しウトウトすると
陣痛の痛みで 目覚めるの繰り返し

陣痛室には私一人だったのですが
4:00頃 妊婦さんが入ってきた気配がした

看護士との会話が聞こえてきたが
どうやら 双子らしく 破水したので 来院したらしい

痛い とにかく痛い・・・
確か このくらいから モニターをつけて
赤ちゃんの心音とお腹の張りを 何時間かおき調べた
陣痛は4分おき 心音も元気

5:00
看護士が来て
病院着に着替えて
バルーンを外すことになった
バルーンを外すと同時に
生ぬるいものが ジョワーっと背中一面に広がった
「何か 濡れてるんですけど」
「今の刺激で 破水したんですね」
また着替えて 産褥パッドを当てたものの
どんどん羊水が出てきて また病院着は グッショリ濡れた

6:00
何だか ムカムカしてきて吐いてしまった
ナースコールを押す
「吐き気があるのは お産が進んでる証拠よ 大丈夫」と言われたが
まだ 気持ち悪い

破水したので 抗生剤を飲むように言われたが
気持ち悪くて飲めない
飲んだけど 結局吐いてしまった・・・
(カーテンで見えないものの
隣の隣にいる 妊婦さんとそのご主人がとても気になって
ゲ~ゲ~吐いたのが恥ずかしかったです
その時は まだ羞恥心が残ってたんですよね・・・
まだ その妊婦さんは 陣痛来てなかったし・・・)

その後 子宮口の開きをチェックした
こんなに一晩痛みに苦しんだんだから
もう5cmくらいは開いてると思ったら
「3~4cmね」と言われ 愕然・・・・・
「今日中に生まれますか?」と聞くと
「うーーーん 生まれるかなぁ?夜かな~?」と言われた

看護士がまた来て採血した
そのすぐ後 今度は検査室の方が来て
「耳から チョット血を採ります」と言われたのですが
ちょうど 陣痛が来て 話せなくなり
うずくまって 陣痛が終わった後
「はい どうぞ」と言うと
「大丈夫ですか?助産婦さん呼んできましょうか?」と言われた
は?まだまだ生まれないのに何言ってるの?と思い
「いいです いいです」と言ったけれど
その方は とても心配そうに去って行きました

7:00
朝食が来るが全く食べられず(吐き気のため)

7:30
母にメールした
本当は昼くらいでもいいかな・・・と思っていたのですが
とても心細くて
「今の時間ならまだ夫が家にいるので
すぐに名古屋から病院(長崎)まできてもらうように電話して」と頼んだ
夫も母も昼に病院に来てくれることになった

8:30
外来受診前の担当医がやっと来てくれた!!!
話している途中で陣痛が!
うずくまる私・・・
そして また話し出す私を見て
「陣痛が来てない時は 普通だね」と 当たり前のことを言った先生
あなた どれだけ 今まで妊婦さん見てきたんですかーーー!!!
陣痛が来てない時は 痛くないから普通ですよ・・・・・

食べられないため 点滴をすることになった
それから 昼まで 一人ぼっち・・・・・
時々 助産婦が来て 腰を押しながら
呼吸をリードしてくれるものの
すぐ 行ってしまう・・・
ずっとそばにいて欲しいよ・・・
母も一人でこんなに苦しんで 妹を産んだんだろうか?と
その当時の母を想像した
(母は 私は帝王切開 妹は自然分娩で産んでいたので)

繰り返し 流れるCDの曲
もう何周したの???
私は 寝る姿勢だと 痛みが逃せなかったので
一番楽な「前かがみ」で 4~6分おきに来る陣痛に耐えてました

木馬も試してみたら?と言われたので
藁にもすがる思いで乗ってみましたが
私には全く効果なしでした

やっぱり私は「前かがみ」が一番でしたね・・・・・
前かがみで 枕やクッションを握り締めていました
その枕とクッションが破れそうになったことを
今でも覚えています

12:00
「yukiさん ご家族の方がお見えですよ」と言われ
母かと思って見ると 夫でした
そして すぐ母も来ました

羊水まみれ ゲロまみれ 髪はボサボサうつろな目の私・・・・・
待ったなしの 陣痛の嵐・・・

母は 陣痛の時間をメモしてくれ
腰を押してくれた

しかし 夫は ボーっと突っ立ってた・・・・・
私 目の前に立っている夫に
イライライライラ
私が こんなに苦しんでるのに
あんた 何で そんなに平然としてるの???
夫がいると イライラする・・・
「見えないところに行ってて!!!!!」
と部屋を出て行ってもらった

16:00
処置室に呼ばれた
陣痛の合間に小走りで別の部屋へ移動
先生が
「どれどれ~?開いてきよっごたっよーーー」
(開いてきてるみたいだよ)
ひーーー陣痛がーーー
私 足で 先生を蹴っちゃった!
「どうしたとね?足が痛いと?」
「陣痛ですーーー」
それからは 蹴らないように必死で我慢した
でも 産婦人科医だったら
陣痛が来たって分からないのかな~???
「5cmかな」
「えええぇぇぇーーーーー!!!!!まだ5cmー?????」

その後また陣痛の合間に小走りで陣痛室へ戻る
先生が来て
「yukiさんも時間が掛かると体力が消耗するし
促進剤を打って 陣痛を強めようか」と
促進剤を点滴することになりました
促進剤を打つと いつ生まれてもいいように分娩台に移動しなければならないらしく
隣の分娩室へ移動
分娩台って高い!!!よろよろしながら上る
寝た姿勢で陣痛逃しが出来ない私は
分娩台を起こしてもらい
10cmくらいの 辛うじて座れるスペースに座り
テーブルを持ってきてもらって テーブルにしがみついて痛みを逃しました
しかしそのテーブルが ベッドで食事する時の移動式テーブルだったので
しがみつく度に 前へズルーーーっと移動し
私が落ちそうになって危ない
そこで やっと やーーーーっと夫の出番
前で 母と交代でテーブルを支えてもらう役になってもらった

3,4分間隔で来る陣痛
どんどん腰が割れそうに痛んできて
我慢しても
「う゛ぅーーーーー」っと どうしても声が出てくる
すると 助産婦が「ふーーーーー」っと一緒に呼吸をしてくれて
本当にそれが一番楽で やっぱりプロだな・・・と感心しました

18:00
担当医が来て
「学会で今から出張やけん 代わりの先生に引継ぎしといたけん・・・」と言った
「えーーーーー?????先生行っちゃうんですかーーーーー?????」
先生だけが頼りなのに あっさり行ってしまった・・・・・
不安でたまらない

19:00
子宮口の開きが7cmになった
時間が過ぎるのが 遅い
まだ19時・・・きっと今日中には生まれるはず(願い)
後5時間・・・・・
陣痛が来て 息を吐いている時
「人類が誕生してから今まで
女性は こんなに苦しみながら 子供を産み
子孫を残して来たのね・・・その命が今でも繫がり続けてるんだよね・・・」と
大昔からの女性たちを想像し 尊敬の気持ちを持ちました
陣痛が来てる間は
「大昔から この痛みを乗り越えて 人は命を生み出してきたんだ」ということを励みに
名前が決まっていた イブの名前をずっと心の中で 叫びながら 耐え
少しずつ 時間が過ぎて行きました

陣痛の合間の2,3分は 放心状態だった私
夫は 興味深そうに 分娩室の中を見物して回り
「へーこれが赤ちゃんの心音?」と今頃 ビックリ顔・・・
あの・・・分娩室に入った時から 聞こえてるんですけど・・・
と お気楽そうな夫に私はもう怒る気力もなく
呆れ返ってました
妻の痛みが あんたに分からないの???
感じないの???

21:00
また子宮口確認
その時 引き継いだ先生が初めて現れた
(若い女医でした)
「うーーーん まだ7cmね・・・うーーーん まだね・・・」
あ゛あ゛あ゛ぁぁ 陣痛がー
先生 蹴り飛ばしそう
助産婦が「私の腕を握って」と言ってくれたけど
本気で握ると 彼女の腕を傷つけそうだったので
力を緩めました

血圧測定
135/90
下がっていて 驚きました
(200/130を超えたら 帝王切開になるようでした)

38.5度

助産婦から
「yukiさんは我慢強いね」と何度も言われましたが
私は パニックだけは起こすまいと 呼吸だけに意識を集中してたんです
PDの発作が恐かったから・・・

23:00
陣痛2分おき
子宮口7cm変らず
先生がこう言った
「このまま朝まで掛かっても 生まれてくるか分かりません
もう30時間経ってます 今が帝王切開に切り替えるか
決断の時です どうされますか?」

朝?これからまだ何時間?

夫は 黙っていた

何で何も言わないの?
私は
「切ってください!!!もう耐えれません切ってください!!!」
涙を流しながら 頼みました

「分かりました では早く痛みから解放してあげたいので
すぐに手術の準備をしましょう」
と帝王切開の準備が始められた

「泣かんでいいやーーーん」と
(泣かなくてもいいじゃないの)
付っきりで 腰を押してくれていた助産婦が
肩を抱きしめてくれた

陣痛が始まってから 私は一度も大声を出すこともなく
ひたすら耐え続けましたが
その時 初めて弱音を吐きました

つづく


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陣痛1日目 2003年11月25日(月) [出産]

もうすぐイブも2歳
この辺で 忘れないうちに
イブの出産記を書いてみようと思う

2003年11月25日(月)
39週5日
午前中:妊婦健診

私は 臨月に入ってから 徐々に血圧が上がってきて
前日日曜は150/100から下がらず
変だな~と思っていた
私は 病院では 緊張のため血圧が上がるので
普段から毎日血圧測定をするよう指示されていました

診察をすると
むくみはないものの
血圧が心配なので(妊娠中毒症の疑い)
このまま入院しましょうと言われた
子宮口の開きも0cmで まだまだ生まれないだろうと思っていたし
心の準備がまだなかったので 驚きました

家は 病院から車で30分のところにあり
私はそのまま入院し
母とおばが 午後から入院グッズを持って来てくれることになった
急に入院することになり
相変わらず血圧は高く 看護士さんにも驚かれ
まずい病院食(昼食)を一人食べながら
「私 大丈夫なの?元気な赤ちゃん産める?」
と心細くて 泣いてしまいました
(二人部屋に 私一人でした)

しばらくして 母とおばが荷物を持って来てくれた
「病院が一番安心やけんね」と
母もおばも励ましてくれ
私は 不安を見せまいと 笑顔で 見送った

まさかその夜陣痛が来ることは
まだだ~れも予測していませんでした

夕方 大部屋(4人部屋)の空きが出て
大部屋へ移った

16:00
診察があるため 処置室に呼ばれた
私の場合 出産予定日間近なのに
子宮口が全く開いてないので
人工的にバルーンを入れて 徐々に子宮口を開いていって
来週くらいに お産になる予定であることを
医師から説明されました

そしてバルーン挿入・・・・・
うーん 何だか 管がぶら下がってるし
トイレもしにくいなぁ・・・

夫に電話する
バルーンを入れ 多分来週くらいにお産になることを伝えた

18:00
夕食を食べる
何か大部屋の雰囲気に慣れない

19:00頃
何だか腰が痛いな~という感じがしてきた
陣痛?まさかねぇ???
そして 痛みが段々と強くなってきて
時間を計ってみると
7~15分おきくらいに 痛みが来ている・・・
これもしかして陣痛?

不安で母に電話する
「何か 腰が痛いっちゃけど・・・陣痛かね???」
今はもう他に何を話したか覚えてない
「病院におるのが 一番安心やけんね」と
母が何度も言っていたような気がする

21:00就寝時間
電気が消される
腰の痛みと 不安で眠れない

23:00頃
痛みで「うーーーん・・・」と声が出るようになり
部屋の人に迷惑が掛かると思い
ナースステーションに 陣痛の合間に歩いて行き
看護士さんに
「痛みで 部屋の人に迷惑を掛けそうなんですけど・・・」と言うと
「陣痛室に移動しましょうね これからはナースコール押してください」と言われた
何か こんなことで押してはいけないと思ったんですよね・・・
もっと緊急な時しか押してはいけないと思ってました

荷物は看護士さんが持ってくれ
私は 陣痛が来ると立ち止まり
少しずつ 陣痛室に歩いていった

しかし 今思えば こんな痛み へでもなかったのです
これから 私にとっては 生きてきた中で
一番の苦しみ&痛みを味わうことになったのです

つづく


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